学習支援

【日本の農業の歴史パート8】「江戸時代の3大改革とペリーの来航」~マシュって名前かわいい~

こんにちはKrei-Agriの設楽です。今回は、江戸時代3大改革や開国までの流れについて触れていきたいと思います。興味のある方は見ていってください。もし間違い等がございましたら、コメント等でお知らせください。

江戸時代3大改革+1

パート7の後も、飢饉が続きます。幕藩体制の財政を支えていたのは、人口の8割の農民が納める年貢米でした。しかも、物価の上昇や災害などの減収により、幕府の財政は、火の車でした。

徳川吉宗の政策

幕府の財政難を回復させるべく、さまざまな対策を講じます。まずは、8代将軍徳川吉宗「享保の改革」です。「享保の改革」では、新田開発と倹約によって財政を立て直します。このことから8代将軍吉宗は、米将軍と呼ばれています。

Wikipediaより

 

吉宗は、テレビドラマ『暴れん坊将軍』のモデルとしても有名ですね。また、目安箱を設置し、民間からの献策を受け入れるなどの柔軟性も持ち合わせ、最も成功した3大改革といわれています。

田沼意次の政策

次に+1の老中(将軍の補佐役)田沼意次(たぬま おきつぐ)の政治です。

Wikipediaより

私は、この人はとても頭の良い人であると感じています。
貨幣経済が発展していくなかで、幕府の役割をしっかり理解していた人であり、商業の発展と商業や工業への課税を柱に経済の建て直しを図りますが、賄賂(わいろ)によって、失脚してしまいます。
いつの時代も、やってることは変わらないのですねw。

松平定信の政策

田沼の後をついで、老中松平定信(白河藩主(現在の福島県))が「寛政の改革」を行ないます。

めちゃくちゃ真面目な人で、大成功した「享保の改革」の考え方に立ち戻り、倹約と貯蓄を徹底的行ないました。しかし、あまりにも厳しくし過ぎて、
白河の清きに魚のすみかねて もとの濁りの田沼こひしき」(意味:松平定信(白河)のやることは、正しいがとても辛く、田沼意次の政治的には、よろしくなかったが、生きやすかったなぁ)などと揶揄されました。

自分にも厳しく、他人にも厳しい人だったのでしょう。自分の価値観を押し付け過ぎて、あえなく失脚しました。

水野忠邦の政策

最後は、老中水野忠邦による「天保の改革」です。

Wikipediaより

 

贅沢を禁止し、農村から江戸に流入が増加し過ぎたため、帰村令を出し、地方に人を戻し、物価の上昇させていた商業団体(株仲間)を解散させます。

しまくり先生にも出られるレベルのやらかしをします。低質な貨幣を濫造して幕府財政の欠損を補う政策をとりました。お金の価値が下がれば、物の値段が上がる(インフレーション)ので、より人々を苦しめ、あえなく失脚します。

<解説>お金の価値と物価の関係

1本10円で買えるうまい棒があります。つまり、うまい棒には10円の価値があります。現在の日本では、100円玉を出せば、うまい棒が10本買える計算ができます。

ではここで、お金の価値を下げてみましょう。100円玉が、10円の価値になったとしましょう。そうなると、いままでうまい棒が10本買えていた100円玉が、うまい棒が1本しか買えません。
そうなると、うまい棒の価値が上がったように見えます。(実際には、うまい棒がグレードアップしていないが)

これが、お金の価値が下がると、物価が上昇する原理です。なぜ100円玉が100円分の価値を持っているかは、パート4をご覧ください。

ペリーがやってきた!

飢餓だなんだとわちゃわちゃしていたら、1853年に東インド司令長官マシュ・ペリーが日本の浦賀(現在の神奈川県)にやってきました。
(ゴロ:いやござんす<1853>ペリーさん)

マシュって可愛らしい名前とは裏腹に、ごつい顔してます。

Wikipediaより

 

その翌年に1854年に、不平等条約の始まりとされる日米和親条約が結ばれます。これにより、下田(静岡)、函館(北海道)の港を開港し、鎖国体制が崩壊していきました。

不平等条約といわれる所以は、第9条「片務的最恵国待遇」です。片務的とは、一方だけが責務を負担するものです。

つまり、この権利は、アメリカにしか与えられていません。
日本はアメリカをVIP対応しなければならないが、アメリカは、日本をVIP対応しなくていいことになります。仲良くしましょうねという条約なのに、従わせる気まんまんな内容でした。鎖国をしていたデメリットが生んでしまった結果でしょう。

日米和親条約から4年後、1858年に日本初の通商条約である日米修好通商条約を結びます。
(ゴロ:いやご破算<1853>通商条約)

これにより、新たに、横浜、長崎、新潟、神戸を開港しました。この条約は、より不平等な条約になっています。

それは、「領事裁判権を認め、関税自主権がない」ことです(テストでよく記述で出ます)。
領事裁判権を認めると、アメリカ人が日本で犯した犯罪を日本の法律で裁けなくなります。さらに、関税自主権がないということは、日本は、アメリカからの輸入品に自由に関税がかけられず、自国の産業を守れないことになります。

この不平等条約を幕府側が勝手に結んでしまったことで、尊王攘夷運動が活発になっていきます。

また、人々の生活が、厳しくなっていくなかで、暴動が起きます。その名も「ええじゃなか」です。

Wikipediaより

 

これは、倒幕のための陽動作戦ではないかという説も存在しています。これから、動乱の時代が始まります。時代が大きく動いていきます。

まとめ

まとめ

・暴れん坊将軍は、8代将軍吉宗

・うまい棒は、サラミ味が好き

・アメリカにいいようにやられていた

以上です。ご覧いただきありがとうございました。今回は、江戸時代の後半から開国までの流れをやりました。次回は、幕末から明治にかけての激動の時代をやっていきます。