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【日本の農業の歴史パート3】「平安時代の農業」~まゆちょんメイン回(笑)~

こんにちはKrei-Agriの設楽です。今回は、まゆちょん(まゆ毛がちょん)の時代(平安時代)に入っていきます。
興味のある方は見ていってください。もし間違い等がございましたら、コメント等でお知らせください。

 

どうして、まゆちょんになったか

794年平安京に都が遷都(せんと)されました。
(ゴロ:鳴くよ<794>ウグイス平安京)

前回も書きましたが、743年に墾田永年私財法(こんでんえいねんしざいのほう)が出され、力のある貴族や寺社仏閣などが、荒れた口分田などを吸収しながら荘園を拡大していきました。

Wikipediaより

この時代の主人公は、貴族です。ではなぜ平安時代の女性貴族は、”まゆちょんメイク”をし始めたのでしょう。

平安時代、メイクは、化粧(けそう)といわれ、女流作家である紫式部は、顔つくりと表現しました。

メイクは、正しい英語では、make-up(名詞)で、メイクするは、wear make-upとなるそうです。そもそもmakeの語源は、思った通りの形にするというものなので、紫式部の顔つくりは、うまい表現だなと思いました。

芸能人とかで、すっぴんとメイク後別人のような人を見ると、メイクではなく、create(創造)のほうが適切かな、なんて思うときがある(こういうこというから怒られるのだ。先に謝っておこう「ごめんなさい」。これ以降一切の苦情は受け付けません(笑))。

まゆちょんメイクの流行は、平安時代の中期以降とされており、894年菅原道真が行った遣唐使(中国へお使いにいくやつ)の廃止
(ゴロ:白紙<894>に戻そう遣唐使)
による、国風文化の影響が大きいのではないかといわれています。

さらに平安時代の貴族は、表情を表にすることをよしとはしなかったので、自分の眉毛を剃り、まゆちょんにしていたんですね。”目は口程に物を言う”ということわざの通り、眉毛も表情が表に出やすい部分だったのでしょう。なんか徹底していますね。

 

平安時代の農業

藤原道長

Wikipediaより

平安時代の中期から大きく文化が変化していき、農業もともに進化していきます。例えば、この時代の最高権力者である藤原道長は、摂関政治
(テストに出るよ!:娘を天皇の妃とし、天皇が幼い時は摂政として、成人してからは関白として政治の実権を握るもの)を行い、

この世をばわが世とぞ思ふ望月の欠けたることのなしと思へば」(現代語訳:この世界は私のためにあるようだ。満月のように私には欠けているところはないので(ドヤ))という和歌を詠んだことでも有名です。

ここまでは有名な話なので、ご存知の方も多いのではないでしょうか。実は、藤原道長は、糖尿病による多臓器不全で亡くなっています。日本で最初の糖尿病患者とされ、第15回国際糖尿病会議の記念切手(平成6年)になってしまいました(笑)。

あんな和歌なんか詠んじゃうからですよ。もっと謙虚にいきましょう。糖尿病になるくらい食べ物が充実していた。つまり農業の技術も発展してきているのです。

農業についてみていきましょう。鉄を用いた農具が全国に広まり、牛馬を利用して耕すことも一般化してきました。さらに根元近くを切る根切収穫が普及し、灰やたい肥などが肥料として使えることに気が付きました。
毎回思いますが、最初に始めた人は天才だと思います。

また貴族にたくさん献上しなければならないので、平安時代の後期には、二毛作もスタートしていきました。二毛作とは、1年で二回、同じ耕地で異なる作物をつくることを言います。

やっと農業の歴史っぽくなってきました。”早稲、中稲、晩稲”など品種も増え、用水路は規格化され、なんとこの時期には、水車の利用も広まってきました。水力発電のもとになる水車がこの時代には、広まっていたなんて驚きですね。

脱穀には、扱き箸(こきはし)と呼ばれる道具により行われていました。さらに、鳥獣害防除にも、かかしなどで工夫され始めました。

田植えの神事として踊られた「田楽」は、平安時代に遊芸化され、現在にも残る民族芸能として、各地に伝わりました。


味噌田楽の田楽とどういう関係があるのと思った方も多いのではないでしょうか。私もそう思い、調べてみると、

平安時代末期に中国から豆腐が伝来し、拍子木型に切った豆腐を串刺しにして焼いた料理が生まれ、それが、田植えの時に田の神を祀り豊作を祈願する田楽の、白い袴をはき一本足の竹馬のような高足に乗って踊る田楽法師に似ているため「田楽」の名になった
Wiki参照)

とのことでした。また江戸時代には、「田楽は昔目で見今は食ひ」の川柳も詠まれています。味噌田楽の原型は、平安時代からある歴史ある食べ物でした。今度からリスペクトしながら食べねば!。

 

しかしどう見たら、似ているのか昔の人に話を聞きたいところです。

 

まとめ

・まゆちょんは、表情を出さないための工夫であった。

・藤原道長は、日本最初の糖尿病患者。不名誉にも糖尿病学会の記念切手になった。

・平安時代に農業において、イノベーションが起こっている。

・味噌田楽まじリスペクト!!

以上です。ご覧いただき、ありがとうございました。パート7くらいで終わる予定だったのに約半分経過した段階で、あと1100年分も残ってる…。